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五行歌雑誌「ハマ風」の歌紹介ブログ
by machako-hamakaze
ICELANDia
,
【管理人】 岡本まさ子
【著 書】 五行歌集
       「宙で寝返り」

【プロフィール】
五行歌雑誌「ハマ風」編集してます。
・藤沢日曜歌会の代表をしています。

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<   2008年 02月 ( 5 )   > この月の画像一覧

神奈川県で一番古い歌会

横浜歌会は、神奈川県では一番古い会です。
昨年の8月に10周年記念歌会をしました。

「ハマ風」の会の中でも、一番会員さんが多い
われらが親歌会です。ちなみに私の歌会は
長女歌会です。鎌倉歌会は曾孫歌会にあたりますぅ。
 
代表さんは、「ハマ風」の水戸黄門さま、Mさんです。
杖もつかずに、助さん、格さんも連れずに、あっちの
歌会、こっちの歌会、そちらの講座と、大活躍されて
ます。

歌会は第3水曜日の夜6時半から。
現役のサラリーマンの方が多いのが特徴かな。
男女の比率はほぼ半々。歌会では珍しいです。

今月は私は風邪気味のためお休みしました。
そこで作品プリントを送っていただきました。
あります、あります、良いお歌が。


踊るような
燃え立つような
裸木の芽ぐみは
天空へ向かう
緑の翼を紡いでいる

 すべての行が木の枝が春を迎えるため、目にはみえない
 わさわさと中でうごめいている様子を表現。人で言えば血、
 木ですから、樹液が沸き立っているようです。
 5行目の「緑の翼を紡いでいる」という断言の仕方が、案外受け入れ
 られなかったのかしら。作者の感性が見た風景。

寄せては
砕ける白波は
海の呼吸
二月の南総は
春の息吹です

 まだ2月の海は荒く、青というより緑色をしていて、冬そのものの
 ように見えます。でも春待つ人の心には、白波に春が見えています。
 一刻一刻と春が近づいてくる、その息遣いが聞こえてくるのです。
 1、2、4行目の最後が「は」。私だったら4行目の「は」と5行目の
 「です」を取りたいな。

ふと立ち止まる
  ふと発見する
 ふと 考える
ふとに
ふとんのようなあたたかさ

 このお歌はこうして横書きにしたほうが、「ふ、ふ、ふ、ふ、ふ」の
 折句のような面白さが伝わってくるようです。
 実は私は歌に「ふと」と使うのは あまり好みません。「ふと思う」
 とか、「ふと○○」とあると、そうでしょう?「ふと」思ったからこの
 お歌かいたのでしょう?と。だから、「ふと思う」と書かないで、
 「ふと思ったこと」を書いて欲しいな、とふと思うのです(笑)
 
 でも、この作者のお歌はその「ふと」に血を通わせて、生き生きと
 表現されてます。で、また5行目、私だったら「ふふふのあたたかさ」
 としちゃいたい。でも、「ふ」というひらがなの柔らかさは「ふかふか」
 した、「ふとんのような」が感じかもしれません。

 いずれにしても、言葉の面白さを詠われました。
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by machako-hamakaze | 2008-02-27 15:05

驚きの知識

わが藤沢歌会の会員さんで、0さんとおっしゃる93歳の方が
いらっしゃるのですが、その方の力強い生き方、発言、
そして知識の広さ深さは、敬服の一語に尽きます。

以前も「蹌踉蹣跚」という言葉を、お歌に使われ、並み居る歌人を
煙にまいてしまわれた。「普段から使っているもので、そんな特別の
言葉だと思わなかった」と!

読み方は「そうろうまんさん」よろめいて歩くことを言うそうです。
まあ、パソコンでこの文字を出すのにも一苦労の私でした。

火曜日の歌会でも、障子にあいた小さな穴から出て動き回る
光を詠ったステキなお歌があったのですが、そこでも、すかさず
「チンダル現象ですね」と。みなあっけにとられ、この現象には
経験があったけど、そんな名前があるとは露知らず。
しかも、「チンダルという人が発見したので、こういう名前が付いた」
というところまでご存知でらっしゃいました。

障子を開けると
ガラス戸との間で
冷やされた空気が
舞台風となる
冬の朝

 というお歌がありました。前3行に心惹かれながら、「舞台風」の
 意味がわからずいたところ、0さんが教えたくださいました。
 緞帳と普通の幕の間にこもる空気が緞帳をあげることによって、
 風になって客席に吹いてくる、それが「舞台風」

 へええっ!かつて芝居をかじっていた私も存じませんでした。
 頭の中だけでの知識ではなく、実際の生活に根ざして、ものを
 知るということが大事ですね。

 そんな0さんの今回のお歌。

漬梅の紫蘇
陽に曝され
お茶の友に
この生きざまに
あこがれている

 0さんに憧れの私たちです。私も点いれさせていただきました。

 0さんが2点いれてくださった(自慢です)私の歌。

霜枯れた土手に
わさわさと
音が聞こえる
みどりの音だ
春の斥候隊だ

 実は戦前の生まれで・・・うそです(笑)・・なぜかこの斥候という言葉が
 好きで、春のさきがけに使って見たかったのですが、やはりお若い(?)
 会員さんが多いので、斥候がわかった方は半分くらいかな。

 0さんは、最近、ようやく文章教室に入れたと(順番待ちだったようです)
喜んでらっしゃいました。

英会話もかなり遠くまで通っておられます。ご自宅で、お仲間を集めてコーラス
絵画、折り紙などもやってらっしゃいます。そんな、元気はつらつの0さんなのに、
お役所では「後期高齢者」と決め付けられてしまうそうです。

 
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by machako-hamakaze | 2008-02-23 12:39

紙上歌会なんてことも

2月3日の日曜日は歌会の予定でしたが、大雪で交通機関が
ストップまたは遅延があり、急遽お休みになりました。

でも、せっかく良いお歌がたくさん集まっていたので、日曜歌会
始まって以来の紙上歌会にいたしました。

いつもは、歌会に集まって好きなお歌に点をつけていくのですが、
出席予定の方に作品集をメールやファックスでお送りして、
採点とコメントをお願いしました。
それをまとめて皆さんにまたお送りしまして、紙上歌会終了。

まあ、事務局としてはけっこう大変ではあったのですが、いつもだったら
さあ~っと聞き流してしまうコメントも、文字にすることでよくわかった、
勉強になった、また「肩を揉んであげたい」といったうれしいメールも
いただき、ああ、良かった!と。

確かに、雑誌「ハマ風」にはページの関係で、そんなに沢山のコメントは
掲載できませんものね。
それで、今回はなるべくいただいたコメントを全部と思い結果報告に
しました。

さて、私の好き歌はといいますと・・・

ギュウと詰められ石榴の実
はじき出されて鳳仙花
満員電車もなんの園
花も実もある
サラリーマン

 通勤の満員電車をこのように詠えるとは!感嘆の一言に尽きます。
 確かに、上からみたら頭だけがぎっしりと詰まっていて、石榴とは
 言い得て妙。そして、特に光るのは3行目と4行目。
 「なんの園」には花も実もある。本当にそうあってほしいですね、
 サラリーマン殿。

其処に手向けられた
幾つもの花束は
声にならない
言の葉で
語りかけてくる

 「其処」、一読、どこを言っているのかと思う。作者だけが知りえる
 場所を詠ったのか。いいえ、「其処」には「幾つもの花束」が
 手向けられている。これで、事故の現場ということがわかります。
 作者は、ここで無念の死をとげた人や花を手向けた人の心を
 慮っているのです。

ねずみの乳首のように
ちっちゃくていいから
枯れかかっている
アカルイミライの
芽吹きを待つ2008年

 なんという現代。
 人は「アカルイミライ」を芽吹かせていかなければ。

 一昨日の歌会のお歌から(残念ながら欠席しましたが)

両翼で風に乗り
飛翔する鳥よ
私も君の眼を持とう
迷い込んだ道の出口が
見つかるかもしれない

 人の眼が、いや心の眼でもあるのですが、俯瞰することが
 できたら、どんなに素晴らしいでしょう。
 翼を持ち、飛ぶ鳥になることはできないかもしれないが
 そんな眼をもてたら・・・このようなお歌を詠える作者なら
 大丈夫だと思うのです。
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by machako-hamakaze | 2008-02-15 17:42

長めの歌

五行歌では、長い歌より短い歌のほうが
良い歌だと思われがちです。

もちろん、短くても不足がなく、作者の言いたいところが
的確に表現されていて、そして美しいお歌もあります。

ただ、短い歌の陥りやすいところもあるのですよね。

それは、短い表現は作者の言いたいところより
読み手の思い入れのほうが多くなるとでもいいましょうか。

たとえば、「雪」と一言あれば、「雪」に対して読み手の
あらゆる経験やイメージが働きます。そこで、作者以上に
思いいれが入ってしまいます。

でも「雪を見たら」とか「雪に埋もれて」とあるだけで
かなり情景が限定されます。作者の歌に近づいてきます。

私は個人的に長めの歌が好きです。
1首独立である五行歌に思いを入れるとき、溢れる言葉が
あると思うのです。それを削ぎに削いで短い歌に出来る場合は
良いのですが、なかなか難しいです。

そんな時、ちょっとこれはいらない表現かなとも思えるくらい
長い表現が生き生きと踊っているように見えるときがあります。
そうなんです、これはもう、視角で見えるのですよね。
私はうれしくなってしまいます。


おすし、甘酒、お漬物、
炬燵囲んで
昔の話から、社会問題へ
尽きないおしゃべりに
時は流れる、女の小正月

 ただの懐古趣味に終らないのは3行目の社会問題を論じるという
 ところ。 論じるというほどのことはないかも知れないが、
 昔の母親たちは、家に居ても感じるところは感じていた。
 それを社会運動までにしなかったと しても。
 そんな遺伝子をたっぷりもらった女たちの小正月。
 この「女の小正月」も 実に効いていて好きなお歌です。

軽くてあったかいセーター
袖口 丸首のほつれ
どんなに古くなっても捨てられない
自己流お直しで
12回目の冬もまだまだ現役

 動画のように、そのセーターが見えて、作者がほつれを直している姿、
 そして うれしそうに、袖を通すところが見えてきます。
 「軽くてあったかい」、デザインもさることながら、セーターに望むのは
 まずそこ!
 12年もお気に入りなわけは、何か特別な思い出もあるのかな?
 どなたかからのプレゼントとか、どなたかがほめてくださったものとか。
 生き生きした歌はそんな想像までさせてくれます。

この、短い歌と長めの歌のことはまた取り上げていきたいテーマです。

 追加したいお歌がありました。 

気がつくと
淋しい唄ばかり
口ずさんでいた
人という字が
こわれてしまったからか

 人という文字はもともとは立っている人を横からみた形ということですが、
 よく、人を人が支えているから人なんだよ、といわれます。とても日本的な
 解釈でステキだと思います。
 
 作者は最愛の伴侶をなくされたことを
 「人という字が/こわれてしまったからか」
 とあらわされた。淡々とした表現だが、悲しみが迫ってきます。
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by machako-hamakaze | 2008-02-10 12:18

1行の力

五行歌は5行を読んで味わうものですが、
1行、または2行がとても素晴らしい表現の
お歌があります。

その1行は美しい言葉や高尚な言葉という
わけではありません。
そこで使われたからこそ、生きてくる言葉
歌が光る表現になると思うのです。

見上げる 見下ろす
窓ガラス一枚の内と外
都会(まち)では今日も
いくつかのドラマが
生まれていく

 このお歌は前1、2行目がすごく良いと思います。
 窓ガラス一枚で仕切られた外と内。しかもそれは
 正面にある世界ではなく、「見上げる 見下ろす」
 関係。
 これだけで、人生を物語っていますよね。
 だから、3行目以降がちょっと惜しいなあ・・・

生姜湯、葛湯に
卵酒
葛根湯を飲んで寝る
幸せな風邪をひいた
午後のベットの中

 ハマ風の会ですと1席のお歌は雑誌で見ることができるので、
 書かないのですが、東京の独立した会での1席歌です。
 この中で光るのは「幸せな風邪をひいた」ですね。
 これでもか、というくらいお世話されていらっしゃる・・・
 ホントに幸せな方です。それを素直に美しく語っています。

五行すべてが良いお歌は言うことないのですが、こうして、
1行で存在感確かな歌もあります。

五行歌って、本当に良いものですねえ・・・って、どこかの
映画評論家の口調になってしまいました(笑)
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by machako-hamakaze | 2008-02-01 14:50