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五行歌雑誌「ハマ風」の歌紹介ブログ
by machako-hamakaze
ICELANDia
,
【管理人】 岡本まさ子
【著 書】 五行歌集
       「宙で寝返り」

【プロフィール】
五行歌雑誌「ハマ風」編集してます。
・藤沢日曜歌会の代表をしています。

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<   2008年 12月 ( 11 )   > この月の画像一覧

横浜歌会・・・順番間違えました<m(__)m>

用事があって欠席したもので、うっかり横浜歌会の記事を忘れて
しまいました。
K雲さん、ごめんなさい。

相変わらずの大人数ですね。23人のご出席です。篠笛さんもお休み、
私もお休みでこの人数ですから、まあお歌を選ぶのも大変、司会の方
も大変ですね。
お疲れ様でした。


きっと小悪魔どもが
二、三匹たむろして
心の隅っこを面白がって
突っついているに違いない
今日は朝から何か苛立つ

 そういう日ってあります。若い人だけではなく、中年になってもこういうこと
 ありますよね。小悪魔でよかった、大悪魔だったら大変。
 作者がなんと、K雲さん。人間味あふれるこういうお歌を書かれるのって
 案外勇気がいりますよね。生の声が聞こえる歌が好きです。


段取り中の
キッチン、
ころがり出て来た
フレーズで
歌を先ず、クッキング

 お笑いのあの方を思い出します。クッキングゥ・・・
 さすが、うまい!リズム良し、カタカナの使い方、5行目への運び、
 面白さ、すべてがグゥ!のH野さんおお歌です。


師走の寒い夜
急にあなたは走り去った
「ありがとう」といって
枕花が
涙でみえません

 大切な人が、家族が、走り去っていきます。
 どれだけ人は涙をながさねばならないのでしょう。
 作者のお気持ちが痛いほどわかります。


私の欠席歌

ほうれん草でいいですか?
小松菜でいいですか?
バイトだとしても
売り物が何たるか位
教えなさいよ店長さん

 スーパーで、前2行のようなことを聞かれて、びっくり。私は違うものを
 買ってしまったのか?いや、それより、私がほうれん草と小松菜の
 区別がついてないと思われたのか、と。それで、ほうれん草じゃないの?
 と聞き返してしまいました。バイトさんは、あわてて「いえ、その、はい」と
 レジを打ちました。
 もし、わかっているなら、この言い方はマニュアルなのでしょうか?
 何かおかしいなと思って書いた歌。ちょっと偉そうかなあ?
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by machako-hamakaze | 2008-12-30 23:07

年に2回は出席のお約束の はなみずき

と、いうことなので、忘年会もあり(そればっか・・・)埼玉の八木崎まで
行ってきました。
代表さんのK音さんのパワフルな歌会運営にはいつも頭が下がりっぱなし。
会員さんの皆さんも、力のかぎり代表さんを支えてくださってます。


川沿いを占拠して
隙間のない家が立ち並ぶ
五年ぶりのふる里は
よそ者顔で出迎え
よそよそしさで送り出す

 五年ぶりのふる里がそこまで変わってしまうという、今の世の悲しさを
 思います。作者は感傷的な表現はとっておられませんが、読み手には
 その思いが伝わります。
 2行目の「隙間のない家」が、ただ、ぎっしりと隙間無くというのではなく、
 今まで1件しか建っていなかったところに、都会並に3件も4件も建って
 しまって、小さな庭の隙間さえも見られない、とこに現代への批判も込め
 られているようなお歌だと思います。


ひがし、いづみや、平七さん
屋号が並ぶ島の路地
ゆっくり時が流れ
風に合わせて廻り道
あぢち、あらや・・・・吉蔵さん

 すぐさま、かの島へ飛んで行きたい思いにかられたお歌。
 島のお家にすべて屋号があり、その面白さと、路地を吹く
 ゆったりとした風にあわせるように、巡る道。
 1行目と5行目をすべて屋号にされた技法も素晴らしい。
 技法と呼ぶのは失礼かもしれない。それだけ作者が
 この屋号の島に魅かれたことでしょう。

 おどろいた事は、「屋号」がわからないという方がいらしたこと。
 名字帯刀が許されなかった時代に、名字のない商家や農家が、
 主に取引などの、不便さを解消するために、名字にかわる屋号を
 用いたことから。
 歌舞伎などの屋号も、もともと川原こじきとさげすまれていた役者
 たちが人気の高まりから、その身分も上ってきて商売もするようになり、
 屋号もつけたことからだそうである。


祝、チョキチョキ
夫専属三十周年
手がすべったと
トラ刈りにしたい
そんな時も幾度かあった

 1行目が、まず面白い。読み手をぐっとひきつけた。
 「祝」とくれば、ふつうは○○周年ときそうなのだが、そんな並の手は
 使われないこの作者。
 ユーモアもあれば、長年連れ添った夫婦の山坂をも思わせるくだりもあり
 なかなかの秀歌だと思います。
 で、トラ刈りは一度もなかったの?


私の歌

荒波から
守るための
テトラポットなのに
そのとんがりだけを
見られてしまって

 「テトラポット」は商標なのですが、ここに【波消しブロック」はちょっと
 使いたくなかったので、そのままに使わせてもらいました。
 はい、そうなんです。何って?4,5行目。
 はあ~(なみだ・・・・波だ?) 


今年一年おつかれさまでした。ありがとうございました。
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by machako-hamakaze | 2008-12-27 13:32

事務局代理をした・・鎌倉歌会

代表(事務局兼)さんが、お祝い事でお出かけのため、不肖私が
代理をいたしました。
みなさんのご協力で、スムースに事は運びました。


心ときめかせて観に行った
チャンバラ時代劇
千恵蔵、雷蔵、橋蔵
勧善懲悪もので
社会の正義を学んだんだ

 そうそう、なつかしい、お名前です。うちも一家してチャンバラが大好き。
 中村錦之助、市川右太衛門、近衛十四郎、大友柳太朗さんなど・・・
 中学に入り、洋画にはまるまではほとんど、時代劇を観て育った。
 作者はただチャンバラを痛快さを楽しんだだけでなく、社会の正義の
 有るべき姿を学んだと。確かに、社会の矛盾追求したもの、悪が栄える
 映画は少なかった。
 
 社会性を追求したとき、チャンバラ映画は滅びの
 道を行く。学生たちは健さんの世界へ。
 と、勝手な映画論を書くつもりではなかったのです(笑)
 
 私は時代劇で、登場する人物に興味を覚え、その後日本史に興味を
 もつきっかけにもなった。しかしあの頃の田舎の映画館はいつも満杯で
 窓もドアも空けて、廊下からも立ち見のでたものでした・・・懐かしい


めらめらと燃えろよ
十二月のもみじ
ブツブツと
渋っている銀杏(いちょう)を
道連れに

 紅葉とその落葉のさまを、なんと面白く表現をされたものと、私は絶賛した
 のです。
 ところが、作者の思いは、落ち葉焚きだった。
 ほとんどの方が前者の解釈だったので、びっくり。
 確かに、一行目に「燃えろよ」とあるので、作者としては当然わかるのではと
 思われたようです。
 あと、一言、落ち葉焚きを連想させる表現があったらなあ・・・
 こちらの読解力不足かな?


花を買う
その時は
誰でも
優しい心
平和な心

 そうですね。何か特別なことがないとなかなかお花を買うことがないけれど
 (まめに水替えをしないもので)、お花をみると心がなごみます。
 殺伐たる部屋(家のことです)に、お花があるとぼっとそこだけ、春が
 来たようで、華やかになります。
 なんでもない時にでも、花を買いますとおっしゃる男性の方は、やはり
 このお歌のとおりですねえ、と。


私の歌

時おり
曳き出しから出しては読む
母からの最後の手紙
読むたびに
胸をうつくだり

 親が死んでしまうなんて、考えたこともなく、私は42才の時の子だから、
 母との交わりは一番少ないと思わないといけなかったのに。
 ずいぶんと交わした手紙は結婚するときに処分してしまった、バカな
 私です。電話で話すことが多くなり、手紙はこれ唯一通残っているだけ
 です。母が去って20年過ぎました。
 
 
さあ、新年の鎌倉歌会はプチ新年歌会で、お弁当つきです。
皆様ふるっとご参加ください。
作品はもちろん、鎌倉の顔、M岡さんあてにね。
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by machako-hamakaze | 2008-12-25 09:21

さくら会さん、ごめんなさい

せっかくの忘年会付き(しかももれ承ると、すごい美味しい豪華忘年会
だったとか・・・)に参加できず、いや、歌会に参加できず残念でした。

この日は前から行きたかった「こまつ座」の舞台で、しかも大竹しのぶ
さん主演。「太鼓たたいて、笛吹いて」というお芝居のチケットが
友人が手に入れてくれたので行ってきました。
大竹さんのすごさはわかってましたが、もう一人、演技派の女優さんを
見つけて、彼女の芝居はまた是非いきたいなと思ったのでした。

ということでした。


真っ青な空に
キラキラ真っ黄に
歓喜の乱舞
踊りつかれた銀杏は
頭に肩に降り注ぐ

 風の強い日に散る銀杏の葉は本当に歓喜という趣かもしれません。
 曇天ではなく真っ青な空であればなおさらです。
 銀杏並木をうれしそうに歩かれる作者が見えるようですね。
 落葉を楽しく詠われました。


大好きだったアニメの
ラストシーンのように
エンゼルたちに誘(いざな)われて
おまえが天へ召されていく夢
見れたらもう泣かないのに

 さくら会では直ぐに作者がわかってしまうお歌ですね。だからこそ、
 素晴らしいお歌なのに点が入れにくかったのでしょうか。
 もう、思い出しただけで泣けちゃう「ネロとパトラッシュ」の最後。
 私は2点いれたと思いますよ。
 
 あと、もしかしたら、5行目の「見れたら」という表現に疑問を抱いた
 方もあったのでしょうか?「見られたら」というのが、文法上正しい
 から、とか。
 確かにそうなのですが、江戸時代頃からいわゆる、「可能動詞」として
 使われた来た言葉があって、その流れで現代では「見れる」と言う人が
 多くなってきたとのことです。
 あと、「られる」とR音が3つも重なって言いにくいと言うこともあるとか。
 
 5行目を「見られたらもう泣かないのに」とした時、なんとなく感情よりも
 理屈っぽくなってしまうと思いませんか?


多忙の中から見つけ出した
この時間は
それでも なのか
だからこそ なのか
かけがえの無い味わいで

 う~む、味わいのあるお歌です。
 とても、広がりのあるお歌だと思うのですが、「この時間」が
 ちょっと見えてこないのが残念です。あと、何か一つあると
 「かけがえの無い」」お歌になったと思います。


来年も快進撃のさくら会を期待していますね。
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by machako-hamakaze | 2008-12-24 12:09

火曜歌会は初の題詠「重なる、重ねる」

12月の藤沢両歌会はお楽しみを用意しております。
藤沢日曜歌会と一緒で、クリスマスプレゼント付きです。

今回はしかもお歌は題詠「重なる、重ねる」のみ。
代表のH野さんが先月発表された時は、みなさんびっくりでしたよ。
重いはダメ、ということで、みなさん苦しまれたとおっしゃいますが
名作そろいでした。
おまけに、今回は「南の風」のN.Tさん、M.Tさんご夫妻と
サンシティと「ハマのうたかい」にご出席で、いも煮会にも張り切って
ご参加してくださあった、Sちゃんをお迎えしての賑やかな歌会でした。


誰かがやらねば、の
誰かが、そこにいて
ミルフィーユのように
重なりあう心がある
歌会というところ

 歌会の代表として、とてもうれしいお歌です。お世話役ということで
 お引き受けしています。何かとお伝えすること、お知らせなどを大声で
 言っていますから、偉そうに聞こえる場合もあるでしょうが、ほとんどが
 下働き。皆様のご協力をいただきながら、支えていただいています。
 ありがとうございました。


星が煌いていた空も
朝の空へと移りゆく
そう夜明け
時の重なりは徐々に薄れ
光を増していく

 移り行くときと自分との間にある微妙な時の重なりの感覚を夜が明ける
 寸前から夜明けへの移行として具体的に捉えておられます。
 私も同じような感覚でつくりましたが、私の歌のほうが観念的すぎたと
 思っています。
 

博打を重ねる
金融工学のために
また、若者が泣く
二兆円の賢い使い道は
いくらでもある

 まさしくマネーゲームなどと、しゃれた言い方をしているが、博打そのもの。
 そして、近い将来にもっと非情な無差別に上げる予定の消費税というものが
 控えているのに、少しの一時金をばらまき、歓心を買い、票を得ようと、
 その後におきることを考えようとしない、政治家たち。
 若者が泣くまでに、弱者、高齢者がもつであろうか?


歌会の後半はH野さんがご用意してくださったお楽しみ五行歌。
3種類の一行拝借五行歌での挙手の多いお歌をご紹介します。
5行のうちのどこへ入れても良いということで楽しみました。


①いつでも良いヨ

いつでも良いヨ
そんなこと言わずに
明日返すよ
借りた本
顔みたいから
      K.Hさん

②私 そこに弱いの

産地食層
期間限定
〆切間近
希少品薄
私 そこに弱いの
      トントン松


③またやってしまった

またやってしまった
またまたやってしまった
またまたまたやってしまった
失敗が
重なる
      私です。

 笑いっぱなしの歌会でした。それに、賞品に縁のない私もこのゲーム
 五行歌では賞品いただきご機嫌!

 来年は藤沢日曜歌会は 第2日曜日、
      藤沢火曜歌会は 第3火曜日 と、ずれますので、お間違いなく。
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by machako-hamakaze | 2008-12-21 22:01

今年最後の藤沢日曜歌会

七日の藤沢日曜歌会は20人のご出席で、賑やかでした。
ほぼフルメンバーです。
恒例のクリスマスプレゼント付きです。
番号札を最初に選んでもらって、歌会の最後にその番号の
プレゼントをもらえます。
今回は、1席から5席までの歌あてで、多い順の3名の方に
私からささやかなプレゼントも。


安逸な日々を望むのは
もう贅沢な夢なのか
夕日に輝く銀杏の葉よ
黄金になって降り注げ
リストラに泣く人々に

 まったくこの御時世どうなっとるんじゃ、いいたくなることばかり。
 無策の政府。と他人事の評論家のように言っていられない事態。
 黄金を「こがねになって」と打ち込もうとしたら、「小金になって」と
 最初変換された。ほんと、小金でも良いよ、貯えのいっぱいある
 方ならともかく、リストラ対象は弱者。銀杏の葉が「小金」になって
 くれたらなあ。おとぎ話のようになってほしいと・・・社会詠。


秋の
ど真ん中を
陣取る
もみじ葉の
紅葉(あか)

 みごとに切れの良いお歌。「ど真ん中」と紅葉葉を詠って決まった!


部屋にひびく
節目の読経
窓ガラスに浮き出た面影が
ありがとうねと
おじぎしている

 しんみり。
 面影とくると、作者がだいたい見えてきます。
 せつなくて、そしてあたたかい。


月からとろけでた
光の繊維が
無数の
冬蛍となる
午前零時から先

 どなたかがドビュッシーの「月の光」という曲を思い出すといわれた。
 1,2行目の表現が秀逸。
 3行目からが少しわかりにくいが、写真で光がすーと線を描くような
 感じを「冬蛍」と詠われた。素敵な感性。


もう飾ることも
隠すこともないのだろう
あるがままの紅葉(もみじ)は
あざやかな逆光に
身を晒している
 
 みかん狩りでこの光景に遭遇した私たちは、すぐさまあの時のお歌だ、
 とわかった。そして見事に表現されている。
 「飾ることも、隠すこともない」紅葉がうらやましい。
 透かされて隠すことがないと人は言えるであろうか。


私の歌

派手な
スコットランドキルト
のような 山
晩秋の
バグパイプ吹き鳴らす

 みな静かな紅葉の様子を詠われた中で異端だったかも。
 でも、それぞれの色が主張したバグパイプのようと感じた。

上席あてではK泉さんがみごと、1席から3席まで当てられた。
私は2首あてて、じゃんけんに参加しそうになったが、良く考えると私が用意
した賞品に参加は可笑しいといわれて(言われるまで気がつかないおバカな
私・・・・)、私とジャンケンして買ったお二人とK泉さんのお三人にプレゼント。

そして、ようやく我慢の甲斐あって、初忘年会にいけたのでありました(涙)

藤沢日曜歌会を愛してくださる皆様、来年もよろしくお願いいたします。
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by machako-hamakaze | 2008-12-13 22:17

ハマ風選歌に入る前、ひと頑張りで、ハマのうたかい報告

ハマのうたかいは14人のご出席。
今年最後なので、こちらも忘年会があるのですが、藤沢日曜歌会に
備えて、残念ながら、今回も忘年会は欠席です。
今年はここ数年で一番忘年会が少ないです・・・。
(忘年会の報告ではなくて、歌会の報告でしょうが!・・・はい


森の中を
歩く
落ち葉の不思議
に 包まれて
ゆったりゆったり歩く

 何気ない表現だが、落ち葉が敷きつめられた森の中を歩く時の、心
 鎮もる感じがよくでています。「落ち葉の不思議」が読み手に、いろいろと
 想像させます。5行目はどちらかといえば、よくある表現なのですが、
 このお歌ではぴったりとはまります。

 「ゆったり」「ゆ~らり」「ゆ~っくり」など、さりげないために、よく
 使われます。他の方もよく使うことばになっていますので、
 少し気をつけたほうが良いフレーズになってきたように思われます。


冬の陽だまりの縁側で
耳の掃除をしてくれた父
暖かい父の温もりが
今も残る
ああ、生きて居てくれたなら

 5行目は誰しも思うこと。だが、前四行で、その父への思慕が具体的に
 詠われている。そして5行目。素朴でありながら、思いがたっぷりと
 読み手に伝わるお歌です。


あー
いい気持ち
入浴の至福
外は
もう冬

 作者に言わせると、ご自分の五行歌人生の中で1,2の出来の歌なのに、
 もっと点が入っても良いのに・・・とジョーク(いや、本気だったかしらん)
 まさしく「入浴の至福」を気持ちよく、すっきりと詠われています。
 4,5行目で決まっています。
 すっきりしすぎて、人生の教訓とか深い思いとかが、現れて
 いない歌は、歌会ではちょっと点数的には、不利かもしれません。
 でも、好きなお歌でしたよ!


私の歌

雲の切れ端のような
うすい
朝の月
おいてけぼりされた
さみしさうかべて

 朝と言っても早朝ではないのです。
 8時ごろでしたか。
 透き通ったよにうっすらと浮かんだ月を見て作った歌でした。

今回は1席2席がダントツでしたね。ハマ風24号乞うご期待。

 
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by machako-hamakaze | 2008-12-12 08:47

師走に入って最初の歌会はSUN-SUN

前日まで大阪の姉のところで、家事介護に行っていたので、少々
もうろうとしたままの参加(え?いつも?はい、すみません)
お楽しみの忘年会は欠席せざるを得ませんでした。胃も本調子に
もどってなかったし・・・

お一人急遽のご欠席があって、20人のところが19人。
さくら会からも三人娘(ここを強調しないと叱られます)がいらして
くださり、小海からA山さん、「風の大会」第一席をとられたK杉さん、
前回につづきW香さん、Kみさんやら本当に賑やかです。


着替えてるときは
覚えていたのに
歩道に出てから
思い出す
忘れ物ってそんなもの

 本当によくある日常のことを「着替え」「歩道」という具体的な表現で
 ぐっとリアリティがでたお歌になりました。そして、5行目の締めが
 また良いです。


私を睨んでいるのか
未来を見つめているのか
ザクザク刈られた
セイダカアワダチソウの
楕円の切り口

 まさしく、切り口の良いお歌ですね。
 じゃまものとして、ザクザクと刈ったその切り口の楕円から、睨まれて
 いるのか、いやいや切った人間などどうでよい、そのずっと先の
 未来をみているのか。それは、汚物を垂れ流し自分の首を締めている
 人間を、自らがだす他の植物を排するための毒素によって、旺盛な
 繁殖力をもちながらも、ばたりと枯れてしまう、その運命に重ねている・・・
 のではないかと思わされました。


子供のころ着ていた
母の着物に手をとおす
六十路(むそじ)を過ぎても
地味と思う
その着物は

 お母様の着ておられたお着物に手をとおす・・・なつかしい母の匂いが
 するような気がして。「ああ、私が子供のころだから、母はまだ30代で
 あったはずなのに、60を過ぎた自分が来てもまだ、地味、お母さんて
 こんなに地味なものを着ていたのだわ」と作者は思われたのであろう。
 そして母への更なるいとおしさ。
 1,2行目の運びが、お母様ご自身が子供のころ着ていた、と誤解
 されるような気がします。ちょっと変えられたらより良いお歌に。


私の歌

濃い霧が重く
胸の
計りを揺らす
行きももどりもならぬ
迷いという道で

 いろいろと嫌なことが伝わってきたり、心配事が重なって、体調も
 良くない絶不調の時の歌で、暗くてすみませんと言って出した歌。
 H野さんは、こんな不調な時でもこういう歌にできるのがすごい、と
 言ってくださり、救われました。この歌を引きこもらせていたら、
 救われないから、皆様も暗い歌は暗いうたで、歌会に出して見られると
 癒していただけますよ。
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by machako-hamakaze | 2008-12-10 08:50

今月の「はなみずき」は題詠でした

「壁」という題詠だったようです。
以前、おなじく「壁」の題詠で私が作った歌は、化粧でつくる顔の壁でしたが
格調たかい、「はなみずき」さんではそんな、おちゃらけた歌はありません
でした(-_-;)


白壁に当る光も浴び
風の冷たさにも堪えた
吊し柿
深いしわの中に
味わいを秘めて

 吊し柿のお歌はたまに見ますが、この「白壁に当る光も浴び」という表現が
 とても美しい日本の秋の光景を映し出しています。
 その風と光を浴びて、砂糖よりも甘くなる、日本の技の味わい。


昔の壁は
土と切り藁を捏ねて がっしり
我が家の壁は
反抗期の息子の拳の跡がくっきり
壁も人の心も柔になった

 うちの壁にもくっきり。ドアには穴。反抗期があることは良いことだと
 いいますが、当時は、息子と私の間に本当に壁がありました。こちらの壁
 に穴を開けて欲しかったなあ~と感慨にふけっていてもしかたありません。
 (今はまあ良い息子になりましたので、息子の名誉のため、念のため)
 
 このお歌の前四行までは壁と反抗期の息子さんのことが、うまく詠われて
 いるのですが、壁が柔になったのは良いのですが、人の心が柔とくると
 前におっしゃっていることとつながりにくいのでは。
 壁も柔になったものだ・・・と、ちょっと昔を振り返って苦笑い・・・といった
 感じにおさめるか、もう、5行目はなし、でもよいのでは、と。


幸せって
そこにあるのに
素直になれない
心の壁が邪魔をして
掴みそこねるもどかしさ

 誰の心にもある思い、上手に表現されていらっしゃいます。
 ただ、作者の「心の壁」がなんであるかを歌って欲しいです。
 一人一人もつ「心の壁」がちがうからこそ、歌になるのでは。


たまの題詠も良いものです。
来週火曜歌会でも題詠です。
代表さんはまた難しい題をだされました・・・「重なる、重ねる」です。
どなたかが、「重い」ではだめですか?と。そりゃあ、だめだわよお。
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by machako-hamakaze | 2008-12-06 12:58

さくら会は今日も満席だった~

いつも良いお歌がひしめくさくら会です。
人数がそんなに多くない歌会ではどうしても、こういったことが起こります。
でも、お歌は点数ではありません。
もちろん高得点のお歌のよさは変わりませんが、そうでなくても、お歌には
良さがあるのです。
そこを書くことのできるこのブログは私にとって醍醐味です。

望むのは
い~い暮らし
宝クジの大当たり
いいえ、と振る首の動きに
隠しきれない ためらいが

 こういう、いわゆる世話物のお歌は点の入り方が極端にわかれます。
 どうしても、詩歌での共感度のためには、人の心をぐっとつかむ
 一言のあるなしで評価が大きくかかわってきます。それがたとえ
 言い尽くされた言葉であっても、その言葉のもつ意味の深さ自身が
 人の心をうってしまうからです。
 このお歌は人の心の中にあるたてまえと本音をしみじみと生の言葉で
 詠われた秀作だと思います。2行目の「い~い」という言い方はご自分で
 そんな思いのあることを、ちょっと恥らいながら茶化されたのでしょう。


広いホールの周りは
壁の華? で一杯に
アッ 今のは絶対にワルツ
落ち葉舞う公園で
ひとり遊びしてみる

 このお歌もとっても素敵な情景を詠ってらっしゃるのです。
 公園の広場をダンス会場のホールとたとえ、その周りの木々を壁の
 華と。壁の花は誘ってもらえない女性たちのことの意味です。
 とすると、落ち葉がワルツのように散ったのを見て、作者が空想の遊び
 をされたのでしょうが、前3行からいくと5行目を作者の「ひとり遊び」に
 しないで、「壁の華」たちを主役にしたままの表現をされたほうが
 素敵かな、と思いました。


四十年の空白の仲間との
湖周サイクリングは
短く感じられた時間
遅くないか
これからが濃ければ

 作者のおっしゃりたいことはすごく良くわかります。40年の空白があった
 のですから、お年もある程度いってらっしゃる仲間たちですね。
 サイクリングのさわやかさも伝わります。
 
 少し読み手にためらいを感じさせる表現があります。
 「短く感じられた時間」は「40年の空白」だと思いますが、サイクリング
 していた時間でもあるのでしょうか。また「遅くないか」が「濃ければ」という
 表現で受けておられます。その言葉の質感の違いもちょっと気になります。
 これは、言葉が足りないのではなく、いろいろな言葉を使いすぎてしまった
 のではないかと考えられます。
 それでも読後感は爽やかなのです。五行歌のもつ可能性でしょうか。
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by machako-hamakaze | 2008-12-04 09:40